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最高裁判所第三小法廷 昭和36年(オ)100号 判決 1962年5月29日

上告人 加藤与一

被上告人 加藤敞代

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人羽生長七郎、同白井茂の上告理由(一)について。

遺言書が数葉にわたる場合、その間に契印、編綴がなくても、それが一通の遺言書であることを確認できる限り、右遺言書による遺言は有効である、と解するを相当とする(昭和三三年(オ)第四七二号同三六年六月二二日第一小法廷判決集一五巻六号一六二二頁参照)ところ、原審は挙示の証拠により、本件遺言書は二葉にわたり、その間に契印がなくまた綴じ合わされていないが、その第二葉は第一葉において譲渡するものとされた物件を記載され、右両者は紙質を同じくし、いずれも遺言書の押印と同一の印で封印されて遺言書の署名ある封筒に収められたものであつて、その内容、外形の両面からみて一通の遺言書であると明認できるから、右遺言は有効である旨判断したものであつて、右は正当である。所論はひつきよう右と異なる独自の見解の下に原判決を論難するものであつて、論旨は採用できない。

同(二)について。

上告人の被相続人たる加藤誠司において所論のとおりその全財産に近い家屋敷、田畑等を挙げて被上告人に贈与した上、更に本件不動産及び動産を全部被上告人に遺贈したとしても、遺留分権利者において遺留分減殺を請求するのはともかく、右遺贈が公序良俗に反し無効であるとはいえない(昭和二四年(オ)第二九号同二五年四月二八日第二小法廷判決集四巻四号一五二頁参照)。所論は独自の見解の下に原判決を非難するものであつて、論旨は採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊)

上告代理人羽生長七郎の上告理由

(一) 原判決は法則の適用を誤りたる不法の裁判と考へます。

(イ) 原判決は遺言書か数葉に亘りてその間に契印かなくとも違法でないとして上告人の主張を排斥されましたのは民法第九百六十八条の精神解釈を誤りたるものと思はれます。同条第二項には遺言書の加除変更ありたるときはその場所にも捺印を命じその捺印がなければ遺言者が自筆にて加除変更をしたこと明かであつてもその変更の効力を認めない旨の明文がありますのでその規定の精神からすれば数葉の遺言書の場合はその間に契印がなければ之を一括した遺言書と認めず従て意義不明のものとして無効のものと解するのが法律の精神に適するものと信じます。何となれば法律行為に関する書類はその公用のものたると私人間の書類たると問はずその数葉に亘る場合はその一括したる書面たることを証する為め必ず契印することは今日の法律的常識でありますので(不動登記法施行細則第三十九条公証人法第三十九条第五項刑事訴訟規則第五十八条第二項郵便法第六十三条に基く内容証明郵便差出規則第百十二条等)仮令民法第九百六十八条第一項にその明文がなくともその精神に於て之を要求したるもの或は言を俟たざるものとして明記せざりしものと解すきべものと考へます。或は本件の場合はその同一遺言書を構成すること明かでありその前後の関係も明かであるから契印がなくとも完全なる遺言書と認むるを相当とすると主張されませうか。法律の解釈は普遍的てなければなりません二葉であり前後の関係が明かである場合は有効とし数葉でありその前後の関係が不明の場合に無効とする如き場合により結論を異にすべきものではないと考へます。若し然らずとすれば自筆にて加除変更したこと明かな場合は仮令捺印なくともその変更を有効と認めざるを得ない結果とならうと思はれます。尚ほ極端に申せば民法第九百六十八条第一項の捺印の文字には契印を包含するものと解し得らるるように思はれます。

(ロ) 本件遺言の内容が公の秩序に反するものとの主張を排斥せられたのも法則の適用を誤りたるものと思はれます。

昭和二十七年六月二十七日死亡した遺言者加藤誠司の相続財産はその死亡当時同人の有した農地等十九筆その固定資産税基準価格二万八千二十円及家具什器衣類等一切とそれまでに被上告人に対し四回に亘つて贈与したる祖先伝来の家屋敷其他の農地等各贈与当時に於ける価格金六十六万一千五十円と看做されるところ誠司の共同相続人である上告人及次女被上告人並に長女亡清水みねの代承相続人清水孝祐同渡辺千恵子及庶子笠井誠造同笠井寛後妻加藤とみ等に特に遺言を以てその相続分を定め又はこれを定めることを第三者に委託した事実もないのでこれ等の直系卑属及配偶者の相続権は民法第九百条同第九百一条の規定によつて自ら明白である。然るに被相続人たる誠司は後妻とみ及とみとの間に生まれたる幼少の被上告人(昭和十六年二月十日生)とを溺愛して殆んどその全財産に近かき家屋敷田畑等を挙げて前示の通り被上告人に贈与した上更に最後に有した本件の土地十九筆を家財什器衣類等と共に一物も残さず本件遺言を以て被上告人に遺贈の意思を表示したものであるから該遺言は前記規定による他の共同相続人の相続分を無視し相続財産の全部を被上告人一人に承継させやうとしたものである。このやうな遺言は配偶者にも相続権を認め特に直系卑属の均分相続を建前とした民法第九百二条同第九百三条が何れも共同相続人に対する相続分の確保を前提として規定せられて居る趣旨に反し旦遺留分減殺の規定にも反するものと思はれます。尚ほこの点は民法の推定相続人廃除につき厳格な規定を置いた趣旨にも抵触するものと信ぜられます。

若しこれをしても相続財産の一部を遺贈したものと解し遺留分減殺の規定によつて保護するを以て足れりとするならば被上告人以外の相続人は(一)贈号に関する民法第千三十条(二)果実に関する同第千三十二条(三)受贈者に関する同第千三十七条において著しい不利益を被り前示民法規定に逆行する不合理に陥るべく従つて本件遺言はその内容において公の秩序に反する違法のもので無効であると考へます。

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